「動物介在教育」という言葉を聞いたことがある方は多いかと思いますが、実際にどのような意味を持ち、どのような教育が行われているかまでご存じの方は少ないと思います。
動物との共生は、決して動物を「守る」「可愛がる」ということではなく、違う種である彼らを尊重し、彼らの能力や特性を活かし、共に生きること。
共に生きる1つの方法として考えられる「動物介在教育」。数年にわたる活動について「動物介在教育の現場から」お話したいと思います。
【動物介在教育の現場から】
■動物介在教育(AAE:Animal Assisted Education)とは:
動物介在教育とは、幼稚園や小学校等に動物と共に訪問し、正しい動物とのふれあい方や命の大切さを子供たちに学んでもらうための活動を指します。子どもの心を育てる教育の一つとしても注目されています。
特記すべきは、AAEが、教育の視点から心の成長を目的とした学習プログラムであるという点で、「犬にも個性や、感情があること。命は温かくて躍動感にあふれていること」などを体感し、児童自身の生活や考え方に投影していきます。
動物を介在した活動には、この他に、
・「動物介在活動(AAA:Animal Assisted Activity)」:治療という目的を持たずに、犬とのふれあいを楽しむ活動を中心としたレクレーションを行い、動物とふれあうことによる情緒的な安定、QOLの向上等を主な目的としたふれあい活動
・「動物介在療法(AAT:Animal Assisted Therapy)」:人間の医療の現場で専門的な治療行為として行われる動物を介在させた補助療法。これは、対象者の心や身体のリハビリテーションなどの治療を目的とし、医療従事者の主導で実施し、精神的情緒的安定、身体的機能、社会的機能の向上など、治療対象者の状況やニーズを把握した上で個々の改善目標を定め、適切な犬とハンドラーを選択し治療を実施し。治療後は治療効果の評価を行います。
の2つがあります。
どの活動も動物を介在させることで、その効果を向上させることが期待されます。
■なぜ動物介在教育が必要なのか:
現在子供たちの生活環境が大きく変化しています。例えば、映像や画像などによる疑似体験に席巻され、リアリティのある体験をする機会が減少し、それと共に、生命を慈しみ大切にする心の成長などに大きな課題が生じてきています。それは、子どもたちのいじめなどの問題行動や暴力行為などが深刻化する状況と重なっていると考えられます。
これまでの小学校教育において、思いやりや生命尊重の心などを育むため、学校で飼育されている動物を通じた学習活動が様々な形で行われてきました。しかし、学校飼育動物については、担当する教員の知識不足や専門家による支援が得られないなどの事情により、適正な飼育が行われていない状況が増え、子どもたちが動物と触れ合う機会が減っているのが現状です。最近の動物園で人気があるのは「もぐもぐコーナー」。私たち大人も、電車内をはじめコロナ禍社会で人との接触が憚れる今、「さわってもいいよ」という動物園のふれあいの場は特別に映るのでしょう。
こういった子供たちを取り巻く環境に対し、人間にとって最も身近な動物である「犬」を学校教育に導入することにより、児童の興味(関心)や好奇心、学習意欲が高まり、体験型の授業を効果的に実施することが可能となります。動物との触れ合いを通して児童が命を直感的に感じとる体験活動が、不登校の抑制などに非常に効果的であることは、犬を使った動物介在教育の取組からも実証されています。
つまり、児童が動物とふれあう活動は、児童が抱える様々な心の問題を解決する糸口になると考えられるのです。さらには学校飼育動物の取組と融合させることで、児童の主体性や積極性を高め、コミュニケーション能力を向上させ、さらには生命尊重や思いやりの心情を深める上での効果が見込まれます。
■知ることの大事さ、そしてその先にあるもの
実は私は子どもの頃、犬が怖かった。九州・宮崎の一般的な家は門から玄関までの距離が長く、そのエリアに犬が放されていることも多く、なんど犬に追いかけられたことか。でも誰も「犬」という動物について教えてくれなかった。知ろうとして図書館で「犬」を調べても「オオカミ」「狂犬病」といった文言が多く、知りたい情報を得ることは容易ではありませんでした。
無知からは適切な行動を選択することができません。だからこそ、私たちは学び、知識を身につける。ただ「知識」を身につけることが目的になると、知識は活かされず、発展は停滞してしまいます。身につけた知識を「活かす」ことこそ、多様性のある社会の創造に繋がっていくのです。
これこそ、動物介在教育のポイントです。
子どもたちが動物と適切に触れ合う機会も失われ、「命」を実感する経験が少なくなっている現代。犬との心の交流を通じて子どもたちの心が豊かになることで、将来、動物たちも暮らしやすく、大切にされる社会になることを願って、私は活動に携わっています。
事実、犬を学び、知ることで、自分の世界が立体的に広がります。45分の授業という限られた時間にも関わらず、授業前に犬は「吠える」「噛む」と発していた子が「温かい」「やさしい」に変わるのを目の当たりにすると、知識として左脳で情報処理するだけでなく、観て、感じて、考えるといった右脳優位の経験をすることで、動物を客観的に見ていた子たちが、動物の気持ちになって主観的に考えられるようなることが判ります。「生命尊重・動物愛護」という言葉では、命の重さや大事さの本質は理解できません。自分の感情を通して、自分ごととして捉えることで、次のアクションが生まれてきます。
■動物介在教育の現場
では、実際にどのような授業を行っているのかについて、お話したいと思います。
私がプログラムの開発を担当する一般社団法人マナーニという団体は、全国の小学校低学年を対象に、道徳科の授業を実施しています。授業は、1クラス(約30人)に対して5~6組のハンドラー(飼い主)と介在犬(愛犬)で行うグループ学習を行っています。
私たちの活動に参加する介在犬は、過度なストレスを我慢させるような強制的なトレーニングを行いません。もちろん最低限の安全性をクリアする必要はありますが、耳を無理に引っ張られたら「痛い」というのは、感情をもつ動物として当然のことです。何をしても「許す・我慢する」犬がよいとされるのならば、もうそれはロボットや人形でよいでしょう。子どもも「犬も嫌なことをされたら嫌な気持ちになる」っていうことを知り、学ぶ必要があります。そして現場で、パートナードッグのストレスサインをキャッチして回避させてあげるのはハンドラーの役割です。したがって、介在犬とハンドラーはユニット(組)なのです。
■犬は感情をもつ動物
子どもたちは、ハンドラーが介在犬にする行動や声がけを、よく観察しています。例えば、少しでもリードを強く引いて強い口調で言うことをきかせたら、子どもたちは「犬は“命令をきかせる”動物」なんだと理解してしまいます。ですから、犬の自主性や前向きな気持ちと、それをマネージメントするハンドラーの存在が重要です。
全体の進行を進める講師とは別に、各ハンドラーは直接子どもたちとコミュニケーションをはかっていく立場になります。でもこのユニットこそが、パートナー関係にあり、家族の図でもあります。子どもは「犬に触れたい」一心で最初は授業に参加しますが、それは自己欲求であり、犬にもタイミングや感情がある。犬の気持ちになって、犬を怖がらせないように、まずは挨拶をしてから、少しずつ距離を縮めることの大事さを学ぶ。そして、目の前にいる犬は、単体としての「犬」ではなく、ハンドラーの「家族」でもあるんだということを、授業の中で経験していきます。犬も一人では生きていけない。必ず誰かの支えがあって存在している。その点は、自分たちと同様なのだということも感じていきます。
次の回では、動物介在教育現場において実際に起きているミラクルを、みなさまと共有したいと思います。 (1/3)