57. ART

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新聞で育った私は、恥ずかしながら、つい最近まで文学や小説について、それほど興味が持てなかった。本当に恥ずかしい。それが最近、文学をはじめ絵画、音楽等、興味の対象に変化が起こっている。人類最古の文学「ギルガメッシュ叙事詩」にはじまり、シェークスピア、ヘミングウェイ・・・さらにはラヴェル、ブラームス・・・と自分の中のレセプターが変わってきているのを感じる。 「ARTに学ぶ」という言葉があるが、最近得にそう思う。「ART」を通して等身大の今の自分が何をどう感じるか?自分に自問する。だから「ART」は、たとえ同じものであったとしても、触れたときの自分(時期、年齢、環境)によって感じることが違うのだろう。 先日、恐ろしいほどエネルギー溢れる絵画に遭遇した。子供達が大都会の中でバトル・サバイバルをしているかのような絵だ。その絵のインパクトとは、画材の大きさだけではない。まさにその細かいタッチと繊細さ。どれほどの体力と想いがあって描き出されたものなのか?アーティストに興味を持った。 アーティストに会って驚いた。 小さい。 少女のようだ。 少女の名前は「熊沢未来子」。 25歳になる彼女のエネルギーはどこからやってくるのか?不思議に思い創作活動の時間帯について聞いてみると「夜中から朝にかけて」だという。この絵を真夜中に製作!?ならば、きっとワーグナーのような交響曲、あるいはバリバリのロックとか聞きながら描いているに違いない!と思った私は、今度は彼女に何を聞きながら描いているのか尋ねてみた。すると、彼女が聞いていたのは・・・ポップで甘いボーカルのスピッツだった。この絵とスピッツ。どうもしっくりこない。 彼女の作品から発せられるエネルギーは、会場の見るものの足をとめる。人を引きつける彼女独特の世界観。これを動物行動学上「環世界」と呼ぶ。紫外線が見えるアゲハチョウの世界を我々人間はどんな眼鏡をつけても見ることは出来ず、感じることも出来ない。我々人間は、ただその作用を受けているだけで、頭で考えているだけだ。 そこにあるのは私達が経験したことがない彼女の世界だった。作品を通して自分の知らない世界を旅する。ART とは、こんな贅沢なものだったのか。 巨匠ピカソ(Pablo Picasso 1881年10月25日 – 1973年4月8日)のアートに触れた。国立新美術館・サントリー美術館で開催された「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」「巨匠ピカソ 魂のポートレート」。特に衝撃を受けたのは後者の約60点の肖像画だった。一生涯、これほどの自画像を描いた人がいただろうか。そして、とても同一人物とは思えない自画像に映し出された男性の図。ピカソと言えばその作風がめまぐるしく変化した画家としても有名だが、作風が変わるタイミングで毎回お付き合いしていた女性も変わっている。ただ決して遊んでいたわけではない。彼は、その時々真剣にその女性を愛している。女性を受け入れている。愛と性欲に生きるピカソの姿は男性の人間そのもの。そして彼は生涯を通じて自分の内なる心と向き合い、悲しむときはとことん悲しみ、と同時に悲しむ自分をも受け入れる。愛と性欲におぼれるときはとことんおぼれ、そんな自分も受け入れる。そしてその都度、自分の心境を作品創造に反映させた。これは自分を客観視する事にも繋がる。 私は何かに失望したとき、落ち込んでいる自分の気持ちが嫌になることがあった。何故こんな事でくよくよしているのか?もっと頑張れるだろう!と消沈している自分を励ます自分がいた。でも人はそんなに強くない。そんな時に頑張ろうとすると無理をする。それは自然な自分ではない。だから人に優しくなれない。人に優しくなれない人は動物にも優しくなれない。 ピカソを見て思った。悲しいときは悲しんでいい。嬉しいときは嬉しさに浸っていい。それが自分であり、そういう自分を受け入れる事が「強さ」でもあるのだ。 次はいつピカソに会えるだろう。その時に自分はどの様に感じるだろう。ART を通して、目を向けずに気づかなかった自分と出会える。そんな ART をジャンルにこだわらず、もっとこれからも楽しみたい。 最後に、私にとっての究極の ART とは FIDO(パートナー)だと思っている。彼は常に自分の「映し鏡」であり、彼を観ていると今の自分がそこに在る。彼に発する私の言葉は自分自身に対するものであり、それを通して自分の現状に気づく。そういう意味でも彼の存在自体が「学び」であり、私にとっての ART と言える。 (08.12.8.)