動物介在教育を考える②

動物介在教育とは

「動物介在教育」という言葉を聞いたことがある方は多いと思いますが、どのような意味を持ち、実際にどのような教育が行われているかまで、ご存じの方は少ないのではないでしょうか。

動物との共生は、決して動物を「守る」「かわいがる」ということではなく、違う種である彼らを尊重し、彼らの能力や特性を活かし、共に生きること。

共に生きる方法の1つとして考えられる「動物介在教育」。今回は、数年にわたりその活動をされているホリスティックケア・カウンセラー養成講座の1,2章を担当していただいている須﨑 大先生に、「動物介在教育の現場から」お話いただきます。

前回は、動物介在教育(AAE)に携わる意図と意味について、お話しました。今回は、実際に現場で起きている奇跡についてお話したいと思います。

【授業としての動物介在教育】

現在私たちが担当しているのは、東京学芸大学との共同研究によって「小学校低学年程、動物介在教育による児童の心の変化が顕著であった」という結果から、主に小学1・2年生の生活科と道徳科の授業です。

みんなで創造する授業

45分授業は、私をはじめとする講師によって進行していきます。まず、事前に学習指導案に沿った「ねらい」を担任教諭と共有します。そして、授業開始時と最後に、必ず児童と「めあて」の共有・確認を行います。そうすることによって共通認識を持ち、通常の授業の一環であることを確認することができるのです。「犬と触れ合える」という高揚した気持ちをある程度制御することも可能になり、教諭との認識の確認にも有益です。

<例>

教師のねらい:生命の尊重、動物愛護(教諭、講師、動物介在ハンドラーで共有)

今日のめあて:犬のことを知って、仲良くなるコツをつかもう(授業の最初と最後に、子どもたちに共有・確認される)

「ふれあい」の時間は全体の半分で、ハンドラーも介在犬も、日々努力を重ねて活動に参加しています。緊張して参加するのは、子どもたちだけではありません。45分間の授業を、講師、教諭、子どもたち、動物介在ハンドラー、そして犬たちみんなで創造していきます。

創意工夫と物事の捉え方を学ぶ

生活科のテーマは「創意工夫」です。例えば、「梅ジャムを作ってみる」。既存の作り方に沿うのではなく、指針だけ示し、あとは児童に任せます。砂糖を入れすぎたり、タイミングを間違えたり、想像していた梅ジャムと異なる味になることも児童の学びとなります。

道徳科のテーマは「多角的、多面的に物事をとらえる」です。例えば、誰かが泣いているとき、「泣いているのが自分だったら」と考える視点と、「泣いている人を見たとき」の視点、さらに、「泣いている人に対して、誰かが何かをしたときに、どう思うか」など、さまざまな視点で物事を捉えることが、学びになります。

 

 

【授業で起きた奇跡】

生活科の授業で起きた、いくつかの事象についてお話します。

<第1学年 生活科>「ふれあい体験学習」

授業はすぐに、ふれあい活動には入りません。前半は座学で、最低限の必須情報を児童と共有します。犬の感情が表情やボディランゲージとどのように関連しているのか? 犬の写真を複数見せて、犬の気持ちを想像し、その犬が「うれしそうだ」「嫌がっている」と児童が自ら発し、犬にも「感情があること」の気づきを与えます。

介在犬登場時は、自己紹介に加え、パフォーマンスタイムを設けます。パフォーマンスでは、見た目では判断できない犬種特性や、性格を反映させます。例えば、ハンドラーと一緒に踊るのが大好きなトイプードルのダンスをみた児童は、驚きと興奮を抑えきれないでしょう。介在犬の各パフォーマンスを通し、児童は「犬にも個性がある」ことを知り、アイドルやスターを目の前にしたような感動を覚える児童もいます。そして自然に「拍手」が生まれ、自分は今からどの子と触れ合うのだろう? どんな授業が待っているのだろう? と心躍らせるエキサイティングな瞬間を演出します。パフォーマンスタイムを設けることで、ハンドラーでもある飼い主に対する距離感も同時に縮めることができます。

エンカウンター的な(※1)パフォーマンスを目の当たりにすることで、身体の大きな介在犬とも自然な距離感で交流をもつことが可能になります。 ※1:あこがれの人に出会ったときのような

ある授業で、介在犬と「あいさつ」ができずに、教室の隅で座っている女の子がいました。チームの介在犬は、とてもやさしいシニア犬のロッキー。ロッキーはカニヘンダックスフンドで、身体が小さめな11歳の男の子。私もいろいろ声をかけてみたのですが、こういう時、大人の声は、子どもには届きにくいものです。そのとき、友だちが女の子を気にして「ねぇ〜ロッキーは怖くないよ」と声をかけました。しばらくすると、その子は自ら犬に近づいたのです。子どもは高い「協調性」を持ち合わせており、大人から「大丈夫だよ」と言われるよりも、友だちの言葉や行動に触発されて、高まる気持ちや行動があります。

また、犬が苦手な男の子が、元気いっぱいのミニチュアプードル、くるり(8歳の男の子)のチームで活動を行いました。授業後、この男の子に「くるりは身体が大きくて元気いっぱいだったけど、怖くなかった?」と聞くと、「くるりは、ダンスが上手でかわいかったから!」と答えてくれました。犬の印象は、「見ため」や「大きさ」、「動き」だけではなく、その犬の「個性」も「魅力」として大きな要因になっていることがわかります。はじめのパフォーマンスでくるりに魅了されたその子は、その後、導きがなくとも自分の意思で触れはじめたのでした。

振り返り授業では、児童から「思ったより〜」というコメントが多くでます。つまり、自分たちが考えていたよりも、「驚き」がいっぱいあったのだと思います。

以前、児童から「犬が自分の言うことを聞いてくれなかった」というコメントがありました。これは児童が、犬だけでなく、飼い主ともコミュニケーションがはかれていた証であり、児童は犬と強い絆がある飼い主の存在に気づけ、自分との関係性を客観的に見ることができた証でもありました。

 

【東京学芸大学との共同研究において】

東京学芸大学との共同研究では、この授業における児童の心の変化について、2つの方法で検証を行いました。

<文章完成法>
「犬は〇〇」「命は〇〇」の〇〇に入る言葉について、回答を求めます。

 「犬は〇〇」についての結果

事前,中期,事後ともに,最も多く使われた語のトップ3は,「かわいい」「動物」「好き」で変動はありません。変動が大きかった語を以下に示します。

犬と継続的にふれあうことにより,知性,個性,性格,体温のある存在だという気づきが得られ,それが「命」を感じることにつながりました。犬が「吠える」というステレオタイプ的な表現が減少しているのも興味深い点です。

②「命は〇〇」についての結果

事前,中間,事後ともに,最も多く使われた語のトップ3は,「大切」「ある」「ない」で変動はありません。変動が大きかった語は以下に示します。

犬と継続的にふれあうことにより,命とは、身体や温かさ,楽しみを伴うものであるという充実感が増しました。動物にも命があることを実感し,自分の命という視点からの広がりが推測されます。命を「守る」というキャッチフレーズ的な表現は減少しています。

<描写法>

5歳から7歳くらいまでは、実際に見えるように描くのではなく、その事物について特徴的で、パターン化され、標準的で知っていることを描く傾向があると言われています(「知的リアリズム」と言われます)。どんな場面でも、型にはまった(パターン化された、イラストっぽい)人間、動物、お花などを描く傾向にあります。「標準型」と言われるような、人物は正面の絵、魚や車は横向きの絵など、描かれやすい描き方をする傾向にあります。

8歳を越えた頃から、実際に見えるように(見えたように)、特定の視点からの見えを写実的に描く傾向が増加すると言われています(「視覚的リアリズム」)。この時期になると、イラストのような標準型の絵だけではなく、実際に見えるような、変わった構図の絵も描くようになります(非標準型の絵)。

私たちの研究でも、同様の傾向がみられました。授業前は、犬や動物の標準型的で、イラストのように描かれている絵が多い傾向にあります。授業後は、身体の部位がより詳細に描かれていたり、ポーズや動きがより写実的になったり、身体の部位の比率が、より現実に近く描かれている傾向があります。

犬をさまざまな角度から見て、触って、おもちゃで一緒に遊ぶなどの交流を行うことによって、犬をより近くで見て、感じる経験を多く積むことができます。そのことが、犬のより細かい描写、立体的な表現、ポーズや動きの表現などにつながっていると思われます。生きている犬と直接交流し、犬の個性を知ったことが、描画の変化にも影響を与えます。

加えて、描画には描く人の情意面も現れると考えられます。授業後の絵には、色使いが鮮やかになったり、子どもが登場したりしている描写が多く見られました。犬とふれあい交流をして「楽しかった」という情緒的な側面、「また犬と触れ合いたい」という意欲の側面が、描画にも表れていました。

提供:一般社団法人マナーニ
東京学芸大学共同研究「文部科学省 道徳教育の抜本的改善・充実にかかる支援事業」より

 

【犬たちにとっての動物介在授業】

動物介在の授業により、授業のテーマである創意工夫、多面的・多角的に物事をとらえるための大きな学びになっていると言えるのではないでしょうか。では、もう一方で、参加した犬たちにとって、この授業はどのような意味をもつのでしょうか。

ハンドラーは、愛犬(介在犬)が、「授業が、飼い主と絆を深められる場所」だと認識し、前向きに参加できるモチベーションを育てることに注力しながら、愛犬が不安にならないよう、アイコンタクトやボディタッチなど、愛犬との「つながり」をお互いが認識できるように、スキンシップをはかります。そして、「あなたは子どもたちの“先生”なんだよ」と、愛犬にとっての使命感を伝えるよう努めています。さらに授業後は、ごほうびとして、控室で遊びの時間を提供したり、大好きなおやつ(ごほうび)を与えたり、スキンシップの時間を確保します。愛犬にうれしい気持ちが残るよう、リフレッシュタイムで、しっかりと気持ちの切り替えに努めています。

授業の参加を重ねるごとに、授業前になると介在犬たちの目つきが変わり、背筋が伸びるのがわかります。そして、ハンドラーと一緒に、自信と誇りをまとって、児童の前に登場します。介在犬の存在を通して、子どもたちの緊張感がほぐれ、やがて介在犬との交流が進んでいきます。

このように授業は、犬たちにとっても、日常生活では得にくい、さまざまな気づきと学びの機会と言えます。

 

IMG_1093

 

【最後に】

「犬って温かいんだね」

「犬ってやさしいんだね」

「私、この子ならさわれるよ」

目の前の子どもの心に、介在犬と共に大切なメッセージを伝えていく。ひとり、またひとりと、動物を愛おしく思ってくれる子どもが増え、やがて、動物たちが暮らしやすい社会を作っていく。この活動は、子どもたちにとってだけではなくて、私たち「飼い主と愛犬」にとっても、すてきで大切な活動だと知ってほしいと思っています。いつか、日本中の子どもたちが、小学校で「犬から優しさをもらった経験」を持てるように。

次の回では、動物介在教育の課題と、今後の展望についてお話したいと思います。

 

引用:ホリスティックカウンセラー・コラム

Captain

コメント

タイトルとURLをコピーしました