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2007年 11月

2007年
11月01日

50. 五感

日常生活のさまざまな環境を織り込んだまっくらな空間を、視覚以外の感覚を使って体験する。そんなワークショップに参加してきた。

その名も「DIALOG IN THE DARK」(以後 DID)

世界ではすでに20カ国で開催され、200万人が体験している。

参加者は、案内人の声に導かれながら視覚以外の感覚に集中するのだが、正直「怖い」。はじめに、「白杖(はくじょう)」という杖を渡されるのだが、その枝を駆使して暗闇をさまよっている様を、サイバースコープで見られたとしたら、それはまさに「スイカ割り」をしている人に見えるに違いない。

我々は、真っ暗な空間を普段のように行動することは出来ない。それは、普段我々人間が「視覚」中心の生活を送っているからだ。目から得られる情報に多くを頼り、判断し、決断する。だから、その情報が得られなくなったときに、我々は「不安」を感じる。

はじめ、空間は段階的に暗くなっていく。これは、急に暗くなると、他の感覚に集中するまえに、全ての感覚が一時的に混乱し、それが原因で、次の視覚情報のない感覚機能だけのバランスになるために困難をきたすからだという。我々は徐々に一番頼りにしていた視覚を失い、案内人の声に従い、歩みはじめる。

渡された杖も興味深かった。

街中で、杖をつかれている方を見たことがあったが、これ程、情報収集ができるツールだとは思っていなかった。杖は、鉛筆を持つようにハンドリングする。左右に振ることで、障害物の有無が分かる。また、立てに「トントン」と突くことで、地表の質(堅さや素材)を感じ取ることも出来る。その時、我々は、触覚と聴覚を働かせていることになる。それは、普段視覚に頼っている生活では、あまり気にかけていない部分だ。

「鈍る」これが、視覚に頼っているが故に、他の感覚に生じている現状。その感覚が鈍ることによって、ある閾値によってそれを超えない音は、聞こえないのだ。ただ、生命に危機が感じられる音だと、気にしていなくても聞こえる。その閾値のレベルを、感覚機能の中で一番大きい比率を占めている視覚を遮断することによって、結果、あげる事が出来る。

今回、真っ暗闇の中で、ふと、アートディレクターとしても有名な美容家:土屋雅之氏と話をしたときに「音楽をやっている人って、髪を切るときに目を閉じるんですよね」とおっしゃっていたのを思い出した。なるほど。感覚と感覚の共演。ボクの大好きな美容家:土屋氏も、「感覚」を、非常に大事にされているアーティストだ。

私は、音楽の専門家ではないが、暗黒の中でいつの間にか「目」を閉じていた。特に考えることなく。それは、目を閉じて、視覚情報を閉じることによって、情報を処理する脳に余裕が出来、他の情報処理に脳を使用できるからだろう。そうやって、我々の身体は、五感のバランスを保とうとするのだ。そうすると、普段あまり感じなかったようなことが感じられるようになる。

たとえば・・・

風が吹いてくるとき。その温度や香り、そして、風の柔らかさまで感じる・・・

音が聞こえてくるとき。その情景から想像する安心感や危機感を感じる・・・

結局、視覚の世界に住んでいる為、最終的に得られるのは「映像」なのだが、視覚以外の感覚を通して得られる「映像」は、そのものよりも、温かく、心地よく、そして、なにより刺激的だった気がする。

イヌのことを考えた。

そして、犬と暮らす、我々人間・飼い主の事を考えた。

どれほど、己の見解に偏った視覚情報に頼って、付き合ってきたか?そして、それらを押しつけてきたか?

イヌの情報が氾濫する今の世の中において、自分の犬と、向かい合う機会は乏しい。他の犬と比較したり、「犬はこうであるはず」という、人間側の勝手な見解を押しつけ、そんな自分自身に悩んではいないか?

「〜〜犬の飼い方」という本よりも、「あなたの犬を感じることが出来る本」という題目に興味を持つ。動物・犬とのコミュニケーションって、もっと温かく、心地よく、刺激的なモノ。

今回、暗闇の中をスイスイと歩み、誘導し、先導してくれた案内人がいた。私は、実は彼が、目の不自由な方であることを、後で知った。暗闇の中で「Captain そのまま、まっすぐ進んで下さい」と指示を出してくれた彼「通称:きのっぴ」は、暗闇の中でも状況を全て把握している我らがリーダーだった。しかし、彼は状況を目で把握していたのではなく、他の感覚で収集して指示を出してくれていたのだ。

このプログラムの素晴らしさの1つに「健常者と視覚障害者、どちらかが一方的に助ける」というのはない、というのがあげられると思うのだが、この「障害」というのも、正確な表現ではないと思う。彼等は、ボクらが視覚で情報を得ることが出来ない状態でも、状況把握を他の感覚ですることが出来る。動物の気持ちを汲むことが出来る専門家がいたとして、その時、自分の考えを押しつける人間を「障害」だとは思わない。ただ、動物に対する接し方・考え方、気持ちの持ちようが、主観的であるだけだ。

今年の DID は、赤坂の廃校で行っているため、またオリジナルの内容で面白いのだが、今回の参加は、私にとって、大きな「気づき」となった。

人間側の見方、考え方で何事も捉えるのではなく、視覚の世界に生きない、且つ無意識の世界に住む動物・犬の温かさや、柔らかさを五感で感じ取ることの意味を、考えさせられた。そして、この想いを、もっと多くの方に伝えていきたいと思った。

Web>> http://www.dialoginthedark.com

Cf>>

ウィーン発・博物館で闇の世界体験。
ウィーンの自然誌博物館で開催中の「闇の中の対話」と題する特別展が、人気を集めている。日常生活を取り巻くさまざまな環境を織り込んだ真っ暗な会場を回ることで、盲人の世界を体験してもらおうという珍しい展覧会だ。展示会に使われている博物館の3室には、全く光がない。その中を盲人の誘導に助けられながら、盲人用の杖を頼りに歩きはじめると、色々な場面に出会う。道路交通の雑音や小川の流れる音を聴き、石畳や芝生、砂などの感覚の違いを足の裏で感じ、階段、橋を注意深く超え、石像や、市場の屋台に並ぶ野菜を手で触る。最後には、真っ暗なバーで、一杯やりながら感想を語り合う。聞かれるのは、視覚を失うことへの戸惑い、他の感覚が突然敏感になることを自負しながら、盲人の世界の深さを知ることへの驚きだ。案内役のサエルベルグさんは、「私たちは、車窓から景色を見ることが出来ないが、感じることはできる。」という。展覧会を体験するとその感覚を実感できるようになる。この企画は、ドイツ盲人協会のハイネッケ博士のアイディア。ウィーンでは、すでに最終日までのチケットが売り切れているが、その後、ブリュセル、パリでも開催される。主催者は、各地の盲人の協力を得て、日本を含めた世界各国を回るのが目標だ。

「日本経済新聞 夕刊 トピックスより」1993年4月27日

(07.11.01.)