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2007年 10月

2007年
10月01日

49. 感性

今、私は、ある有名なフォトグラファーのご家庭の「犬との暮らし」をサポートしている。犬は三頭。ラブラドールにジャックラッセル、そしてこの春、トイプードルを迎えいれ、担当開始した。職業柄、日本中、海外を往来するご主人には、有能なアシスタントが常時5名ほどついている。そのアシスタントの方々は、数年アシスタントとして勤務し、その後、それぞれ独立していくのだという。

フォトグラファー・アシスタント。

私も、以前ファッション関係の仕事をしていたため、その現場は、よく目にしてきたが、非常に厳しい世界だ。尊敬する師の技を盗み、仕事場を経験し、空気感を感じ、重い荷物を運び、身体を酷使し自ら学ぶ。その姿は「蝶として飛び立つまでの忍び」という表現がふさわしい。

今回のハンドラー(それぞれの犬の担当)は、そのアシスタント5名の方々。もちろん、ご家族もクラスに同席し、犬とのコミュニケーションの取り方を学ばれるが、メインとなるのは有能なアシスタントの方々。聞けば、こちらのアシスタント業務の中に「犬の散歩をする」という項目が入っているのだという。でも、なぜ・・・?先日、アシスタントのS氏とお話しする時間が持てた。S氏との話を通して、私は「師の想い」というのを感じることが出来た気がした。

S氏:「犬とのコミュニケーションの取り方を学び、自分が感じたこと・・・これらを通して、なんとなく、須崎さんが大事にされていることが、分かったような気がします。僕がこの道に進んでいるのも、そんな思いを大事にしていきたいからです」

そんな粋なコメントを下さったS氏に、その「思うところ」を聞いてみると、最近のデジタル化により、写真界においてもデジタルカメラでの画像のデータ処理が日常化しているという。現場でも、枚数を考えずに、ただひたすらシャッターを押し、すぐに画像を確認し、いらないモノは捨てていく。

S氏いわく、そういう世界も確かにアリだとは思うけれど、果たして、その写真を「10年後にデータを開いてみるか?」というと、微妙ではないか?1枚1枚、思いを込めて撮る写真。そこには緊張感が走り、それは写真に反映される。彼は、10年後でも、ふと開いてみるアルバムのような写真を撮りたいのだという。そこには、撮る側の「想い」と撮られる側の「今」が詰まっている。

実際、フィルム画像からは、その時の場の空気感が伝わってくる。季節や時間帯が伝わってくる。そこに関わる人の温かさを感じることが出来る。一方、デジタルは、便利だ。フィルムの無駄もない。時間も節約できる。少々、ミスがあっても、画像処理ができる。時間帯や季節柄も、微調整することが出来る。そんな、デジタルの利便性は、「自分が表現したいところとは違う」とS氏は自分の心の奥に確認するように語ってくれた。

フィルム写真を画像化するためには、前日から現像液を準備し、温度の管理等、事細かな配慮が必要だという。そして、さらに現像作業に入る際の、人の気持ちというのが、現像に影響を与えるという。「さぁ!やるぞ!!」という自分自身の気持ちの持ち方が、写真のできを左右するし、それが画像に出るのだという。やり直しは利かないのだ。

最近は「本物」が少なくなった。そんな事もS氏は懸念していた。どこでも、ある程度のモノを手に入れることが出来るようになった。見た目が同じようであれば、中身が無くても、本物じゃなくても、区別が出来ない人が多くなった。S氏は、これからも、写真を通して、どこまでも「本物」にこだわりたいと言っていた。

私は、「同じだ」と感じた。「写真の世界」と「ヒトと動物の関わり」も、同じだと感じた。

動物を動物として観察していくのが「動物行動学」だが、私は、実際に犬と暮らしていて「ヒトがいるからこその動物の存在と、その反応」というのが存在すると考えている。つまり、その場に同席している飼い主の気持ちの持ちよう、姿勢というのが、動物(犬)の行動や反応に大きく起因しているという事。

彼が、フィルムの現像に向かうときの気持ちが、写真に影響が出るように、我々人間の気持ちというのは、大きな力と可能性を秘めているのではないか?

「本物」を追い続けたい。

私も、毎日、そう思って、努めてきた。どれほど、装飾して、広報をして、うまく伝えられたとしても、やはり「本物」には届かない。私の実家宮崎に「うまいもんはうまい(美味しいモノは、特に手を加えなくても、美味しい。もちろん、手を加えても、おいしい)」という言葉があるのだが、今さらながら「なるほど」とうなずける。自分が本物であるためにも、自分の心を動かし、心で感じる「感性」を大事にしていきたい。

良い写真家になるためには、自分自身の無意識と対話出来なければならないと聞いたことがある。「言葉」で表現できるものではないものを表現する。それは、被写体を見るだけではなく、自分自身の心と向き合うということ。これこそ、まさに私が動物(犬)とコミュニケーションをとる時に、最重要視している『感性』だ。

S氏がトレーニングを終えていった。

「僕達の気持ちの持ち方次第で、犬の反応が変わり、犬たちに対するケアの仕方次第で、犬の反応が得られるんですね。犬とつきあうって、『感じる』ことなんですね。」

現今、我々人間が植物や動物を必要としているのは、我々の生活が「人工的」なものに包まれているからだ。つまり、無意識の世界に生きる動物との対話を潜在的に必要としている証だろう。広告の世界も似ているのかもしれない。そんな所にも、同じ「感性」を感じた。

数回のレッスンで、そこまで感じ、習得してくれたアシスタントの方々。やっぱり、大事にしたいモノが同じだから、普段、自分の気持ちを大事にする努力をされているから、リアルに感じてもらえたんだと思う。

S氏が尊敬するフォトグラファー。彼は、デジタルを使わない。あくまでもアナログなフィルムにこだわる。そんな彼だからこそ「本物」をよく知っていて、「気持ちの大事さ」と「感性」を誰よりも大事にされているんだと思う。その大事さを、アシスタントの方々にも感じてもらえるよう、我が子の散歩を若き有望なアシスタント達に担当させているのだろう。

実際、師の映像をみると、S氏が言わんとするところがよく分かる。師の広告写真を、目にしたことがない人はいないと言っても過言ではない。師の写真からは、広告写真の主流である「派手で目立つ」ような表現とは対照的な「静かな控えめ」なイメージを持つ。

業種は違っても、大事なものは同じ。未だ、未開の「ヒトと動物の関わり」に、さらなる可能性を感じた。

これからも「感性」を、磨いていきたい。こんなに素敵なアシスタントの方々と出会えたことに感謝。

(07.10.01.)