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2004年
09月18日

09.いやし

寂しいから犬を飼う。
犬を飼って癒されよう。
犬を飼ってお散歩に行こう。

きっかけはなんだっていい。それが純粋な気持ちであれば。

ただ、その前に、あなたが我々犬を受けいれる体勢とライフスタイルがどうなのか?そして、実際に出会いがあって、その後どれほど、我々と犬生を共に まっとうする覚悟が出来ているか?まずそこを問いたい。なぜなら、僕たち犬は、あなたの人種も、言葉も、出身地も性格も選べない。ただ自分を選んでくれ た、あなたについていくだけなのだから。

こんな言葉を聞いた。
「愛情とは買うものではない、体で感じるものだ」
私もそう思う。

犬を飼うから癒されるのではない。犬を飼うに際し、まずは犬のことを知ろうとする姿勢と思いが、大事なのではないか?そうして一緒に遊び時を共にす ること、喜び、悲しみを共にすることが「犬を飼う」という事ではないのか?

ドッグランに連れて行って、犬だけ野放しにしていて何が楽しいのか?もちろ ん、犬は自由に走れてストレスも発散出来る。そして、そんな犬をみているのも楽しいだろう。しかし、呼んでも戻ってこない、呼び寄せることも出来ない間柄 で、何が「愛」といえるだろう。

しかも、自分のこと(オーナー同士の会話)に必至になっている間に、犬同士にトラブルが起きるなんて、よくある話し だ。「自由」という言葉の中には「責任」という物が必ず介在することを忘れてはいけない。リードをはずすということは、繋がっているとき以上の強い「絆」 が必要だ(この時「絆」とは、どんなときでも呼び寄せることが出来る状態を意図)。また、あなたがお友達と話をしているときですら、自分の犬が何をしてい るのか?常に、きちんと犬の動向を管理するという責務もあることを忘れないで欲しい。

『忙しくて遊んであげられなかったから、仕事の帰りにペット ショップに立ち寄り「高価なオモチャを買ってきた」
そんなことは、犬にとっては重要ではない。もちろん、目新しさで初めは興味を持つだろう。しかし、長 続きはしない。犬は、家族であるあなたと何かがしたいのだ。なんでもいい。ただ、あなたと共感したいのだ。

あなたは、自分自身に対して卑屈に感じたり、犬に対して「いつもごめんね」という申し訳なさに対して自己投資しているだけではないだろうか?犬は、あなたのハートに触れたいだけなのだ。ちょっとだけでも、感じたいだけなのだ。謙虚に・・・。

ここに気になる言葉を記載する。
あなたがどう感じるか、是非聞いてみたい。

なお、ここに挙げられている「愛」について。
犬に「愛」が存在するのか?「気持ち」が介在するのか?
そちらの論点については改めて考えてみたい。

(2004.09.18)

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